元ウクライナ軍総司令官シルスキー氏、BBCインタビューでクルスク作戦を「成功した機動」と評価
ウクライナ軍の元総司令官オレクサンドル・シルスキー氏はBBCのインタビューで、ロシアが全13方面で攻勢に出ていた状況を受けて実行されたクルスク作戦は成功した機動だったと述べ、ポクロウシク方面ではなくスーミ方向を選んだ判断を正当化した。同氏は、作戦によってロシアの進攻がポクロウシク以外で停止し、ウクライナ軍の士気が高まったと主張した。
要点
- シルスキー氏はクルスク作戦を「成功した機動」と位置づけ、実施前にロシアがほぼ全13方面で攻勢に出ていたと説明
- 作戦開始はゼレンスキー大統領が承認し、ウクライナ軍は1カ月で1,273平方キロを制圧
- 3個旅団が投入されたが、いずれもロシア軍がポクロウシク・ドニプロ方向に約10万人を集結させており、配置転換しても状況を変えられなかったと主張
- スーミ方向の選択はロシア側の計画を崩す目的でなされ、ポクロウシクを除く全方面でロシアの前進を停止させた
- シルスキー氏は2024年に司令官に任命され、2026年7月21日にゼレンスキー大統領により解任された
- 2026年7月時点で当時のフロドロフ国防大臣との対立が解任の背景とされており、シルスキー氏は「最後通牒は出していない」と反論
- ロシア軍の日次損失は約1,500人と主張。ただし双方は公式に死者数を発表していない
なぜ重要か
シルスキー氏は現在も続くこの戦争で最も重要な作戦の1つについて、元最高指揮官としての説明責任を果たした。キーウ近郊防衛、ハルキウ東方での反攻、クルスク侵攻という経歴を持つ同氏が、ポクロウシクではなくスーミ方向を選んだ判断を、兵力配分の観点から具体的に正当化した点は大きい。BBCの単独インタビューに応じた背景には、7月の解任を巡る政治的文脈もあり、ウクライナ軍指導部の内部分裂がどのような論理で生じたかをうかがわせる。
何が起きたか
BBCの単独インタビューで、シウスキー氏はクルスク作戦が「成功した機動」であったと明言した。同氏は、作戦開始前、ロシア軍がほぼ全13方面で攻勢に出ており、有力な部分では4~6倍の兵力優位があったと説明。ロシア軍はポクロウシクには約10万人、スーミには約2万6千人の兵力を集結させていた。キーウの作戦命令はゼレンスキー大統領が承認し、3個旅団が投入された。1カ月で1,273平方キロを制圧し、ロシアの進攻をポクロウシク以外で停止させ、ウクライナ軍の士気を高めたという。シルスキー氏は、これら3個旅団をポクロウシクに回しても状況を覆せなかったとし、ロシア軍が混乱した状態で部隊を再配置し、大きな損失を被ったと主張した。同氏は「ロシア軍の損失はウクライ軍の6倍、死者数に限れば最大11倍」と語り、ロシア軍の日次損失を約1,500人と推計した(双方とも公式発表なし)。解任の背景については、フロドロフ元国防大臣との意見対立に触れ、武器調達でドローンを優先し無人地上車両やピックアップトラックを軽視したことで「不均衡」が生じたと述べた。一方で「最後通牒は出しておらず、解除は大統領の専権事項だ」と述べた。
ウクライナメディアの見方
ウクライナ語報道は、シルスキー氏がクルスク作戦を正当化し、ポクロウシクではなくスーミ方向を選んだ根拠を強調する点で一致している。スーミ方向がロシアの計画を骨威した点、作戦がポクロウシク以外の全方面でロシア前進を止めた点、ウクライナ軍の戦闘能力・士気の回復を可能にした点が、戦況のターニングポイントとして描かれている。
背景
クルスク作戦開始前、ロシア軍はほぼ全13方面で攻勢に出ており、ハルキウ州から押し出された後にスーミ方向に約2万6千人を集中させていた。ポクロウシクには約10万人が集結していた。ゼレンスキー大統領が作戦開始を承認し、3個旅団が投入された。