ゼレンスキー大統領、リマン方向を視察 第66独立機械化旅団司令部を訪問
2026年9月30日、ウクライナのゼレンスキー大統領はドネツク州北部リマン方向にある第66独立機械化旅団(ムスティスラフ勇敢公に因む)の司令部を訪問した。ミハイロ・ドラパーティィ国防軍総司令官とイェフヘニー・フマラ国防相が同行した。大統領は「ヴィヴァルディ」作戦を遂行する第3軍団の将兵と面会し、叙勲を行い、軍団・旅団・大隊の指揮官らとの調整会議を開催した。会議では長距離砲術の必要性、ドローン戦力の強化、前線将兵の給与案策定、ピックアップトラックの調達、離隊兵の復帰などが議題に上り、軍司令部レベルの案件はスタッフ(スタウカ)会議で協議・決定するとの大統領の方針が示された。
要点
- ゼレンスキー大統領が9月30日、リマン方向の第66独立機械化旅団司令部を訪問
- 同行者はドラパーティィ国防軍総司令官とフマラ国防相
- 第3軍団の「ヴィヴァルディ」作戦で125平方キロ未満の領土を奪還(ゼレンスキー氏9月30日の発言)
- 第3軍団全体としては9月28日時点で176平方キロの奪還を主張(ビレツキー氏発表)
- 会議では長距離砲、ドローン戦力強化、前線給与、ピックアップ調達、離隊兵復帰(СЗЧ)などを討議
- 第3段階で作戦に参加した250人以上のロシア兵を捕虜に
- 16人の将兵に「勇気に対する勲章」2等・3等を授与
- ビレツキー第3軍団司令官は第4段階の計画概要を説明
なぜ重要か
ゼレンスキー大統領はリマン方向訪問を、「ヴィヴァルディ」作戦によるリマン正面の安定化、長距離砲やドローン戦力強化、前線兵士の処遇改善といった政策課題を前面に出す場として使った。叙勲と准将昇進は、ウクライナ防衛の日を直前に控えてリマン方向が政治的にも重みを持つ正面であることを示した。また、地上ロボットシステム(NRK)による兵員代替や「グリフォン」戦術は、ウクライナの前線が無人化戦闘の実験場となっているというメッセージを国内外に発信した。
何が起きたか
ゼレンスキー大統領は9月30日、リマン方向の第66独立機械化旅団司令部を訪問した。ミハイロ・ドラパーティィ国防軍総司令官とイェフヘニー・フマラ国防相が同行した。一部の報道では、大統領府副長官パヴロ・パリサや空挺突撃軍司令オレフ・アポストルも同行したと伝えている。大統領は前線で任務に当たる将兵と面会し、16人に「勇気に対する勲章」2等・3等を授与した。旅団長のロスティスラヴ・シリヴァキン氏から任務と所要について報告を受けた。
続いて大統領は軍団・旅団・大隊の指揮官らと調整会議を開催し、①旅団レベルでのピックアップトラックなど防衛調達、②無人システム部隊の強化・ドローン予算増額・人員補充・訓練、③長距離砲の必要性、④前線将兵の給与に関する指揮官からの提案作成、⑤離隊兵(СЗЧ)の復帰、外国人の編入、ロジスティクス——を議題とした。軍団指揮官とは別途、東部・南部正面の状況、ドローン・対ドローン技術、新戦法について協議した。大統領は、軍司令部レベルの案件はスタッフ(スタウカ)会議で詰める必要があると述べた。
ゼレンスキー氏は第3軍団司令部を別途訪問し、「ヴィヴァルディ」作戦遂行部隊と面会した。3シーズンで126平方キロ未満、第3軍団全体としては176平方キロの領土が奪還されたとされ、5000人超のロシア軍人に死傷者が出、250人以上が捕虜になったと報告された。大統領は第4「シーズン」の計画、第3段階でのカチェルニフカ、ノヴェ、リドコドゥブ、カルピウカなどの解放、捕虜250人超について言及した。16人の将兵に勲章が授与された。
ウクライナメディアの見方
ウクライナ側報道はリマン訪問を防衛者記念日とポクロヴァ(聖母被覆)の祝日直前の士気・指導力イベントとして描く。叙勲や挨拶が前面に出され、「ヴィヴァルディ」作戦の累計奪還面積、解放された集落の数、捕虜数、ロシア軍「ルビコン」無人機部隊の撤退といった成功指標が強調される。報道は前線発の実験として、第4「シーズン」の計画、「グリフォン」戦術、地上ロボット複合体(NRK)による兵員代替を取り上げ、リマン方向を無人化戦争の実験場として位置づけている。
海外メディアの見方
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報道の食い違い
出典によって数字が食い違う。第一に、「ヴィヴァルディ」作戦の累計奪還面積は、ゼレンスキー氏の9月30日の発言では「第66旅団を含む第3軍団全体で125平方キロ未満」、ビレツキー氏の9月28日発表では「ビレツキー氏9月28日時点で176平方キロ」とされる。第二に、ロシア軍人的損耗の枠組みが異なる。国防軍発表では「初期段階で1500人とドローン12000機以上」、ビレツキー氏9月28日発表では「第3段階だけで2000人」とされる。第三に、叙勲の内容が異なり、大半の報道は「16人が勇気に対する勲章2等・3等」、別の一連の報道は「第3軍団司令部での20人がボフダン・フメリヌィツィキー勲章3等と勇気に対する勲章2~3等」と伝える。第四に、大統領訪問団の構成は一貫しておらず、ドラパーティィ氏とフマラ氏は全出典で記載されるが、パヴロ・パリサ大統領府副長官、オレフ・アポストル空挺突撃軍司令官を含むかどうかは出典によって分かれる。
背景
「ヴィヴァルディ」作戦は、ウクライナ第3軍団司令官アンドリー・ビレツキー氏が9月15日に初めて公式に表明した、ドネツク州北部における継続中の攻勢作戦である。複数の段階(シーズン)で実施され、第1段階で10平方キロが解放され75平方キロが掃討、第3段階でさらに51平方キロが奪還されたとされる。累計では、9月28日時点で北リマン方面で176平方キロが奪還されたと第3軍団は発表している。ロシア側の損耗として、3シーズンで死傷者5000人超、捕虜250人超が報じられ、精鋭「ルビコン」無人機部隊が大きな損耗を受けてリマン・ボロヴァ方向から撤退したと9月18日に第3軍団が発表した。作戦名はウクライナ側の呼称で、ロシア側に同じ名称はない。